ペルソナ5の物語の核となるのが「改心」。怪盗団がターゲットのパレスに侵入し、お宝を盗むことで、悪人の心を入れ替えさせる——これが物語の基本構造だ。だが、この「改心」とは本当に善なのだろうか?
この記事では、ペルソナ5における「改心」の意味を掘り下げ、物語が投げかける深いテーマを考察していく。
1. 「改心」のプロセスとその危険性
改心のプロセスはシンプルだ。
1. ターゲットのパレスを攻略し、お宝を盗む
2. ターゲットが精神的ショックを受け、性格が激変する
3. これまでの悪事を公表し、謝罪する
一見すると勧善懲悪のストーリーに見えるが、この改心はターゲットの「自由意志」によるものではない。ペルソナ5では「認知の世界」が現実に影響を与える設定になっており、怪盗団がターゲットの認知を改変することで、強制的に改心させることになる。
つまり、「改心」とは相手の内面に強制的に介入する行為とも言える。
ここでプレイヤーが考えるべき疑問が生まれる。
「改心」は本当に正義なのか?
改心された人物は、自分の意志で変わったと言えるのか?
2. 「改心」の功罪:実例を分析
ゲーム中、改心は多くのケースで「善」として描かれる。
• 鴨志田:暴力とハラスメントを繰り返していた教師 → 自らの罪を告白
• 金城:詐欺を働き、人を騙していた → 改心し、逮捕される
彼らの改心によって、被害者たちは救われた。しかし、すべてがうまくいくとは限らない。
例えば**オクムラ(奥村社長)**のケース。彼はパレスを破壊された直後に死亡し、世間では怪盗団が殺人を行ったのではないかという疑惑が生まれた。これは認知の世界に干渉するリスクを示す象徴的な事件だ。
さらに、ゲーム後半では「改心」を悪用する敵組織が登場し、「世間に都合の悪い人間を消す手段」として利用される。この展開は、改心という行為の倫理的な問題を浮き彫りにする。
3. 主人公たちは「悪」なのか?
ゲーム序盤では、怪盗団は「世直しヒーロー」として描かれる。しかし、物語が進むにつれ、「本当にこれは正しいのか?」という疑問がプレイヤーの前に立ちはだかる。
実際、怪盗団の行動は
• 悪人を裁く正義の行い
• 他人の心を操る危険な行為
どちらとも解釈できる。
ここで考えたいのは、明智吾郎が語る「大衆心理」の問題だ。大衆は怪盗団を支持しているように見えて、都合が悪くなると一瞬で手のひらを返す。これは「改心」が果たして本質的な解決になっているのか、というテーマにもつながる。
結局のところ、怪盗団がやっていることは「悪に手を染めた正義」なのではないか?
4. 「改心」をどう捉えるべきか
ペルソナ5の「改心」は単なる勧善懲悪ではなく、道徳的なグレーゾーンをプレイヤーに突きつける。
1. 改心は善なのか?
2. 自由意志を奪うことは許されるのか?
3. 本当の社会改革とは何か?
これらの問いかけを意識すると、ペルソナ5の物語はより奥深く感じられる。
あなたは、怪盗団の「改心」をどう思うだろうか?
コメントで意見を聞かせてほしい。